前回のコラムでは、令和7年11月の厚生労働省ガイドライン(障障発1128第1号)を踏まえ、就労継続支援事業所でこれから問われる論点を整理しました。生産活動の中身、会計区分、自立支援給付費の補填という観点で、これまで以上に標準化された確認が行われていくことになります。

通知が出された以上、運営指導の予定がある事業所はもちろん、まだ予定が見えていない事業所でも、足元を整えておく必要があります。とはいえ「では何から手を付けるか」と問われると、最初の一歩で立ち止まってしまうケースが少なくないと考えられます。

そこで今回は、運営指導の根本にある「就労支援事業会計」の考え方に立ち返ってみます。参照するのは、令和3年度厚生労働省障害者総合福祉推進事業として作成された『就労支援事業会計の運用ガイドライン』です。

なお、本記事は厚生労働省ガイドラインに沿った運営上の整理を目的としています。税額計算・税務申告書の作成は税理士の独占業務であり、本記事の範囲には含まれません。具体的な決算書類の作成や税務処理が必要な場合は、税理士へのご相談をおすすめします。

1. 大原則 ― 給付費を工賃に充てない

就労継続支援A型・B型の指定基準では、利用者の賃金・工賃について次のような原則が定められています。

A型は、指定基準第192条と解釈通知で「賃金の支払いに要する額は、原則として、自立支援給付をもって充ててはならない」「指定就労継続支援A型事業については、原則として余剰金は発生しない」と明記されています。B型は、指定基準第201条で「生産活動に係る事業の収入から生産活動に係る事業に必要な経費を控除した額に相当する金額を工賃として支払わなければならない」と定められています。

整理すると、

  • 生産活動収入 − 生産活動に係る経費 = 利用者に支払う賃金・工賃

という構図です。生産活動の損益が、そのまま利用者に渡る賃金・工賃の原資になる、というのが法令上の建前ということになります。

A型については、生産活動収支が赤字となった場合、経営改善計画書の提出が求められる仕組みも組み込まれています。

2. それでも赤字が多い ― 工賃水準を競う構造

ところが現場では、生産活動収支が赤字となっている事業所も少なくありません。ガイドライン本文でも、令和2年度の調査研究のアンケートで法人ごとの会計判断のばらつきと並ぶ論点として取り上げられています。

背景にあるのは、平均工賃月額が事業所の基本報酬区分を直接左右する仕組みです。工賃が高いほど高い区分の報酬が得られ、低ければ報酬区分も下がる。事業所として工賃を上げる強いインセンティブが組み込まれた設計になっています。

その結果、生産活動が黒字化していない状態でも工賃を上げようとする動きが生まれます。前回のコラムで触れた「業務委託費が生産活動収入として計上されているが、発注元が運営法人や関係会社」というスキームは、その極端な姿のひとつです。納品書等の書類上は受発注が成立しているように見えても、実態として給付費から賃金・工賃を支払っているケースが、運営指導の現場で問題視されるようになっています。

工賃を上げる前に、生産活動の足元を整える、という順番が必要になります。その地図を提供してくれるのが、就労支援事業会計の運用ガイドラインです。

3. ガイドラインに学ぶ会計の基本

ガイドラインは、就労支援事業会計の解釈を統一する目的で作成されました。法人ごとに会計区分の運用がばらついていたために、同じ収支状況でも黒字と赤字が分かれるという問題があったためです。論点を3つに絞って整理します。

3-1. 福祉事業活動と生産活動の会計区分

就労支援事業の中で、福祉事業活動(利用者支援に必要な活動)と生産活動(製品販売や受託作業などの収益活動)を、会計上明確に区分することが基本になります。

国保連からの自立支援給付費、利用者本人負担金、寄附金などは福祉事業活動収入。製品の販売収入、下請け作業の加工賃、清掃などの受託収入は生産活動収入。費用面では、訓練・作業室を含む事業所の家賃や共益費は福祉事業活動費用、商品保管専用倉庫の賃借料は生産活動費用、というのがガイドラインの整理です。

人件費は、生産活動に専ら従事する職員かどうか、人員配置基準内かどうか、報酬・加算で評価されている職員かどうか、という順で判定し、いずれにも該当しない職員の人件費だけを生産活動費用として処理します。

3-2. 共通経費と「按分基準表」

福祉事業活動と生産活動の両方に使われる経費は、合理的な基準で按分する必要があります。ガイドラインの自動車の例を引きます。利用者送迎に年間2,500km、商品配達に年間7,500km走行している場合、走行距離割合で按分すると、福祉25%・生産75%という配分になります。

採用した按分基準は、継続性の原則に従い、按分基準表として実地指導時に提示できるよう整備しておくことが求められます。利益操作を排除する観点から、合理的な理由なく年度ごとに切り替えることは想定されていません。

3-3. 損益分岐点を出して販売価格を設定する

会計区分が整ったら、次に取り組むのが価格設定です。ガイドラインには「どれだけ頑張って生産活動をしていても、販売すればするほど赤字となる価格設定をしていては本末転倒」という一節があります。

具体例として、パンを製造販売するケースが示されています。期首・期末在庫がない前提で、

  • 製造原価 500,000円(@50円 × 10,000個)
  • 販管費 100,000円
  • 合計 600,000円

10,000個を売り切ると仮定すると、損益分岐点は1個あたり60円。これより高い価格で初めて、利用者の賃金原資となる剰余金が生まれます。仮に1個110円で販売すると、

  • 110円 − 60円 = 50円(1個あたりの剰余金)
  • 50円 × 10,000個 = 500,000円(賃金原資)

この試算をしないまま「平均工賃いくらを目指す」と先に決めてしまうと、それを満たすために生産活動以外の原資を持ち込まざるを得ない、という構造に陥りやすいわけです。

なお、ガイドラインは年度予算と月次決算の運用も推奨しています。年度予算で計画を立て、毎月の決算で乖離を早期把握する、という基本的な経営管理サイクルです。

4. 工賃水準より、健全な生産活動を

3つの論点を整理してきましたが、根底にある考え方はシンプルです。

利用者賃金・工賃は、生産活動が黒字になった結果として生まれる剰余金から、自然に出てくるもの。生産活動が赤字のまま無理に高い工賃を維持する仕組みは、就労支援事業会計の建付けにそもそも組み込まれていません。

平均工賃月額の高さで事業所評価が決まる現行の仕組みを前提とすると、工賃を上げることはどうしても優先課題のように映ります。けれども、見るべきはその工賃が生産活動の収益から出ているのかどうか、という点です。次回の運営指導や指定更新までに、そのバランスを見直しておく価値は十分にあります。

5. 今のうちに棚卸ししておきたい3点

ガイドラインに沿って整理するとすれば、まず取り組みたいのは次の3点です。

  1. 会計区分(福祉事業活動 vs 生産活動)が、法人内で一貫した基準で運用されているか確認する
  2. 共通経費の按分基準表を整備し、なぜその基準を採用しているのかを実地指導で説明できる状態にしておく
  3. 主要な生産活動メニューについて損益分岐点を試算し、現在の販売価格と比較してみる

3つ目については、ガイドラインのパン製造の試算を一度自院の数字でなぞってみるだけでも、生産活動の健全性についての実感が持てるようになります。

6. まとめ

工賃を上げることは大切ですが、上げ方が問われる時代に入りました。生産活動の収益性を地道に積み上げ、その結果として工賃が自然に出てくる、という順番に立ち返ることが、運営指導や指定更新を乗り越える本筋になっていくはずです。

行政書士杉山翔事務所では、就労継続支援A型・B型を含む障害福祉事業所の運営支援、就労支援事業会計の整理、按分基準表の作成支援、販売価格や原価構造の見直しといったテーマも承っています。「会計区分が法人内で曖昧になっている」「按分基準表が整備されていない」「自院のメニューの損益分岐点を一度数字にしてみたい」といった切り口でも構いません。

ご相談はお問い合わせフォームよりお気軽にどうぞ。


※ 本記事は厚生労働省 令和3年度障害者総合福祉推進事業「就労継続支援事業所における就労支援事業の評価と会計処理基準に則した適正な運用にかかる調査研究」(『就労支援事業会計の運用ガイドライン』)、および厚生労働省「指定就労継続支援事業所の新規指定及び運営状況の把握・指導のためのガイドラインについて」(令和7年11月28日 障障発1128第1号)を参照して作成しています。最新の告示・通知・自治体運用は各機関の発表をご確認ください。