「相続」と聞くと、弁護士・司法書士・税理士に何十万円も払って、何か月もかかる――そんなイメージで身構えてしまう方は少なくありません。ですが、亡くなった方の遺産が預貯金だけで不動産がない場合、手続きの登場人物はぐっと減ります。やるべきことの全体像が見えれば、思っていたよりずっと小さな負担で済むことも多いのです。

本記事では、遺産が預貯金中心で不動産のない相続について、なぜ手続きがシンプルになるのか、それでも必要になる作業は何か、そしてどこからが司法書士・税理士の出番なのかを整理します。

1. なぜ「預貯金だけ」だと手続きがシンプルになるのか

相続手続きを複雑にしている大きな要素が二つあります。不動産の名義変更(相続登記)と、相続税の申告です。預貯金だけの相続では、この二つが不要になることがよくあります。

不動産がなければ、法務局への相続登記は発生しません。相続登記は司法書士の業務領域ですが、そもそも登記する対象がないため、司法書士に依頼する場面自体がなくなります。

相続税についても、遺産の総額が基礎控除額の範囲内であれば、申告は不要です。基礎控除額は「3,000万円+600万円×法定相続人の数」で計算します。たとえば相続人が配偶者と子2人の計3人なら、3,000万円+1,800万円=4,800万円までは申告も納税も発生しません。預貯金だけの相続では、この枠の中に収まるご家庭も多くあります。

登記も申告も不要となれば、残るのは「誰が相続人かを確定し、預貯金をどう分けるかを決めて、金融機関で手続きをする」という流れだけです。これは行政書士がお手伝いできる範囲に収まります。

2. それでも必要になる手続き

シンプルとはいえ、何もせず預貯金が下ろせるわけではありません。順番に見ていきます。

2-1. 口座は「凍結」される

金融機関が名義人の死亡を把握すると、その口座は凍結され、入出金ができなくなります。公共料金の引き落としも止まりますので、引き落とし口座になっている場合は早めに支払い方法を切り替えておくと安心です。

凍結された預金は、相続手続きを経てはじめて払い戻しを受けられます。なお、葬儀費用などで当面の現金が必要な場合に備えて、遺産分割が終わる前でも一定額を引き出せる「預貯金の払戻し制度」があります。引き出せる上限は「相続開始時の預貯金額×3分の1×払戻しを求める方の法定相続分」で、1つの金融機関につき150万円までです。

2-2. 相続人を確定する(戸籍の収集)

「誰が相続人なのか」を法的に確定させるため、亡くなった方の出生から死亡までの戸籍をすべて遡って集めます。転籍や婚姻で本籍地が変わっている場合、複数の自治体に請求することになり、ここに一定の手間がかかります。

金融機関は、この戸籍一式で相続人の範囲を確認します。預貯金だけの相続でも、この戸籍収集は避けて通れない作業です。行政書士はこの戸籍の収集を代行できます。

2-3. 遺産分割協議書を作り、金融機関で手続きをする

相続人が複数いる場合、預貯金を誰がどれだけ受け取るかを話し合い、その結果を「遺産分割協議書」にまとめます。相続人全員の署名・実印の押印と、印鑑証明書の添付が求められるのが一般的です。

協議書と戸籍一式、相続人の印鑑証明書などを揃えて金融機関へ提出すると、預金の解約・払戻しの手続きに進みます。必要書類は金融機関ごとに少しずつ異なり、提出から払戻しまで2週間〜2か月程度かかるのが通常です。行政書士は、遺産分割協議書の作成と、金融機関での解約・払戻し(払戻金のお振込みまで)をお手伝いできます。

3. どこからが司法書士・税理士の出番か

預貯金だけの相続でも、次のような事情があるときは、それぞれの専門家の領域になります。

不動産が一つでもある場合は、相続登記が必要になり、司法書士へ引き継ぐ流れになります。「自宅は配偶者が住み続けるから手続きは後で」と考えていても、相続登記は2024年4月から義務化されており、取得を知った日から3年以内の申請が求められます。

遺産総額が基礎控除を超える場合は、相続税の申告が必要となり、税理士の領域です。預貯金だけでも、まとまった金額があるご家庭や、生命保険金・退職金などのみなし相続財産を含めると基礎控除を超えるケースもありますので、総額が気になる場合は早めに確認しておくと安心です。

また、相続人の間で分け方の話し合いがまとまらず、調停や訴訟に発展しそうな場合は、弁護士の領域となります。

4. 「預貯金だけ」でも気をつけたいケース

手続きがシンプルになりやすい一方で、次のような場合は注意が必要です。

  1. 相続人の中に、連絡が取れない方・疎遠な方がいる。遺産分割協議は相続人全員の合意が必要なため、一人でも欠けると預金の払戻しが進みません。
  2. 借金や連帯保証が残っている可能性がある。マイナスの財産が預貯金を上回るなら、相続放棄(相続を知った日から3か月以内・家庭裁判所への申述)を検討する場面です。
  3. 後から不動産や別の口座が見つかる。「預貯金だけ」と思っていても、調べると別の財産が出てくることがあります。財産の洗い出しは早めに済ませておくのが安全です。

これらに当てはまらず、相続人がまとまっていて、遺産が預貯金中心であれば、手続きは比較的スムーズに進められるケースが多いといえます。

5. まとめ

不動産がなく預貯金だけの相続は、相続登記も相続税申告も不要なことが多く、「専門家に何十万円も払う」というイメージとは異なる、軽い負担で済む場合があります。必要になるのは、戸籍の収集による相続人の確定、遺産分割協議書の作成、そして金融機関での解約・払戻しという流れです。

不動産があれば司法書士、相続税がかかれば税理士、揉めれば弁護士――と専門家の出番が分かれますが、そこに当てはまらない部分は行政書士がまとめてお手伝いできます。「うちは預貯金だけだと思うけれど、何から手をつければいいか分からない」という段階で、一度全体を整理してみることをお勧めします。

行政書士杉山翔事務所では、戸籍の収集、遺産分割協議書の作成、金融機関での解約・払戻しの代行といった、相続のお手続きをまとめて承っております。「不動産がないので、どこに相談すればいいか分からない」といった切り口でのご相談も歓迎しております。相続登記や相続税申告が必要な場合は、提携の司法書士・税理士と連携してご案内いたします。

ご相談はお問い合わせフォームよりお気軽にどうぞ。

※ 本記事は民法、相続税法、不動産登記法を参照して作成しています。基礎控除や各種特例の適用、金融機関ごとの必要書類は個別の事情により異なりますので、具体的な手続きについては各窓口・専門家にご確認ください。